大阪府 ご当地文化百 (①近畿地方) [47都道府県ご当地文化百科]
大阪府 47都道府県ご当地文化百科
大阪府は日本で2番目に狭い面積ですが、西日本の中心的な大都市です。
都市部には高層ビルが立ち並び、仁徳天皇陵古墳や応神天皇陵古墳など規模が大きな古墳を
はじめとして歴史的建造物も数多く残っています。
その昔は「大坂」と表記され「オオザカ」と呼ばれることが多かったのです、
明治元年に現在の「大阪」に変更し読み方も「オオサカ」になりました。
地名の由来は坂のある地形からと考えられていました。「坂」が「阪」になったのは、
「坂」をへんとつくりに分解すると「土に返る」と読めることから縁起がよくない、
「士が反する(武士にそむく)」という意味を連想させることが理由といわれています。
大阪城天守閣は、天下統一をめざす豊臣秀吉によって1583年に築城が開始されました。
天守閣は1585年に完成しましたが、1615年の大坂夏の陣で焼失。
徳川時代に再建されましたが、1665年に落雷で再び焼失し天守閣のない状態が続いていました。
現在見ることができる石垣や堀、大手門・多聞櫓・千貫櫓などの古建造物は、
すべて徳川時代以後のものです。
現在の天守閣は1931年に市民の寄付によって再建されたものです。
復興以後は歴史博物館として、豊臣秀吉や戦国時代、大阪城の歴史にかかわる豊富な文化財を
収蔵し、展示室において随時入れ替えを行いながら公開しています。
3Fには「黄金の茶室原寸大模型」、5Fには大坂夏の陣図屏風を再現した「ミニチュア夏の陣」
などが常設展示され、最上階の8F展望室からは大阪城と大阪の街を一望できます。
https://www.osakacastle.net
古くから「京都の着倒れ、大阪の食い倒れ」という言葉があり、京都の人は衣服に、
大阪の人は飲食にお金をかけるといわれています。
大阪は海の幸や山の幸に恵まれ、江戸時代には「天下の台所」といわれるほど全国の食材が
集まってきたため食文化が栄えました。
大阪の料理が発展したのは、船場商人の存在も関係しています。
船場商人が商談のために料理屋を使ったことで、料理人の腕に磨きがかかっていきました。
堺で良質な包丁が作られたことや、近隣に灘、伊丹、池田などの名酒どころがあることも、
大阪の料理の質が向上した理由といわれています。
現代では、たこ焼きや串カツなど大阪名物の安くておいしいグルメを楽しみに国内だけでなく
海外からも多くの観光客が訪れています。
大阪の食べ物
てっさ
皿の絵柄が透けてみえるほど薄く切られたふぐの刺し身。
お好み焼き
水、卵で溶いた小麦粉の生地に、細かく切ったキャベツや肉、イカなど入れ、鉄板で平たく両面を焼いたもの。特別なソースやマヨネーズをぬった和風のパンケーキ。
タコ焼き
水と卵で溶いて作られた小麦粉の生地を半球状のくぼみを付けた鉄板に流し入れ、刻んだタコ、青ネギ、その他の食材を加えて丸く焼いたもの。
箱寿司
木箱に、えび、魚の切り身などと、酢で味付けしたご飯を入れて押したあと、取り出して食べやすい大きさに切ります。
きつねうどん
小麦粉でつくった麺である「うどん」と豆腐を油で揚げたきつね色の「あげ」を、昆布などでだしをとり、醤油などで味付けした熱い汁に入れたもの。
うどんちり
鍋で煮立てた出し汁に、鶏肉、魚介類、野菜、うどんを入れた鍋料理。
「食い倒れ」大阪の食
ここまでの記載記事は「大阪府 ご当地文化百」書籍とは関係ありません。
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大阪府 ご当地文化百
大阪府 知っておきたい基礎知識
I. 歴史の文化編
「遺跡」「国宝/重要文化財」「城郭」「戦国大名」「名門/名家」「博物館」「名字」
II. 食の文化編
「米/雑穀」「こなもの」「くだもの」「魚食」「肉食」「地鶏」「汁物」「伝統調味料」
「発酵」「和菓子/郷土菓子」「乾物/干物」
III. 営みの文化編
「伝統行事」「寺社信仰」「伝統工芸」「民話」「妖怪伝承」「高校野球」「やきもの」
IV. 風景の文化編
「地名由来」「商店街」「花風景」「公園/庭園」「温泉」
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